22.渡る世間に鬼はなし!(その1)


 前回の終わり、法廷が終わって証拠集めに走った・・・と書きましたが、もっと詳しく書くと、裁判が終わって書記官に尋ねたのです。
「証拠って、どういうものが出せるんですか?」
「まず証人がいるなら、呼ぶ手続きをしてください。証人の話を陳述書と言う形で書面で提出しても結構です」
「証人と言うと」
「あなたの訴えを証明してくれる人、てことですね。それからあなた自身の訴えを書面にして出しても結構です」
・・・・なるほど。

妻と連れ立って裁判所を出た後、熊本の街へ続く長い下りの坂道を歩きながら話しました。
「今から証人を探そうか。どうせ明日まで暇だし」
「そうね。でも」
「うん。どういう証人を探すかだよな」
「とりあえず、他に被害を遭った人」
「そうだけど、誰がどこに引っ越したか、なんて全然知らないし」
「そうね・・・・・。あ、マンションの周りの人に聞いてみたら?お店の人とか」
「そうか、引越し先くらい知ってるかも」
とりあえず、マンションの前にある、私達もお世話になった酒屋さんに行く事にしました。

市電に乗ってとことこと・・・。でも、裁判やってますなんていきなり言ったら、いやがられるだろうなあ。
お互い口には出しませんが、明るい展望は持てません。
案の定、私達が店に入った瞬間「あら!」とにこやかな顔をしてくれたおばさんの顔が、説明するにつれて曇っていくのがわかります。
「あそことはねえ(大家のこと)、うちも関わらないようにしているんですよ。結構皆さんも(商店街のこと)いろいろいやな目に遭ってるし。出てく方も(住人のこと)大変そうでっていう話は聞いてるんですけどね」
?。どうも私達の話の中身が、つまり大家の話題がイヤってことのようだぞ・・・・・。
「あの、いつもビール配達して頂いてたし、私達の部屋がめちゃめちゃじゃなかったっていうことでも証言していただけると助かるんですが」
「え、あ、それはちょっと。そうそう、私が配達に行ってたわけじゃないですからねえ」
「あ、じゃあ配達してた方に・・・」
「今、配達に行ってるんですよ・・・・」
そりゃそうだ。
「じゃあ、どなたかあのマンションから出ていった方の引越し先ご存知じゃないですか」
「@@@@システムさん、すぐ近くに移られましたよ。ご存知無いですか」
「あ、3階に事務所を借りられてた・・。、今もこの近くなんですか」
聞くと車で五分もかからないところです。
住所をメモして、お礼を言って、直行です。

@@@@システムさんは、その名前からもわかるように、パソコンソフトの開発をしているところ。前のマンションではワンフロアを借りていましたが、新しく移った先は見たとこ1階から3階くらいまで使ってます。
アポなしですが、ちょっと勇気を出してインタフォンを押してみました。
「はい。@@@@システムです」
・・・・・・・・・。
一瞬ぐっと詰まってしまいました。
インタフォンの前でどう簡潔に説明したらいいんだ?
「あ、あの、@@@ビルに入居してましたDAIと申します。突然失礼します。えーと、@@@@システムさんがですね、こちらに移られたということで、えーとその、@@@ビルの大家のことで、私ども、ちょっと困っていることが御座いまして、えーと、その、できれば総務担当の方にちょっとうかがいたいことが御座いまして」
これでオートロックを開けて中に通してくれたんですから、無用心、いや、親切です。

ところが、この拙い説明で十分私達を中に入れる理由があったんですね。
中に入ると、小柄だけど、キャリアウーマンって感じのてきぱきした女性と、やさしげなおじさん、というにはまだ若い感じのいかにも理系な男性が現れ、こちらが
「あの、突然すみません、その、あの」などともごもご言っているうちに「どうぞこちらに」と小さな会議室に通されました。
「@@@ビルのことですって」
口火を切ったのは女性です。頂いた名刺に目を落とすと、
この方は副社長(兼経理担当)でした。
ちなみに隣の男性は社長(!)で、二人は夫婦。
私がこれまでのいきさつを説明すると、副社長が
「あのひと、いまだにそんなことやってんの」
「やっぱりこちらも大変だったんですか」
「あなたがたがね、あのマンションのことでお話があるって言ってるって聞いたんで、ピンときたのよ。大家と揉めてるんじゃないかってね。だからちょっとお話を聞いて見なきゃって」
社長が横で頷いています。

ビンゴ!だったのでした。
それからは逆に私達が二人のお話を聞く番になりました。
いや、これがひどいのって、自分たちが大した事ないように思っちゃいましたよ。
後日、次のような「陳述書」を提出していただきました。

陳述書

私は、コンピューターソフトの開発を行う「株式会社@@@@システム」の取締役社長を務める@@@@と申します。
今回裁判を起こしているDAI氏とは本日まで一面識もありませんでしたが、DAI氏が提訴した裁判について、私の経験と酷似した点が多々見られ、被告のマンション経営者としての手法を裁判所に理解して頂くために以下のように陳述します。
私の会社は、平成元年二月に「@@@ビル」の二階南側の部分を、平成二年四月に一階西側の部分を、平成八年二月に二階東側の部分を、それぞれ事務所として使用するために被告となっているA子氏と契約を交わしました。以上の物件のためにA子氏に預託した敷金の合計は五百八十二万円になります。
その後、一昨年つまり平成九年十二月に「@@@ビル」より移転したため、この賃貸借契約を解消しました。この際A子氏より以上の三物件の「補正工事費」として合計三百二十五万五千円也の請求を受けました。この見積(@@設計株式会社)を見て、驚きました。入居時に、「特に気にならない」「必要ない」としてこちらからA子氏に対して修繕をしなくていいと指摘したクロス張替や壁撤去費用なども相当額含まれていたためです。この点についてA子氏に指摘したところ、「そんなことは言っていない」とするばかりです。私としても正式に文書にしていなかったこともあり、取りあえずこれらを差し引いた敷金は返ってくるものと考えていたところ、A子氏はこれも拒否しました。理由を聞くと残金は全て「空調機代」だというのです。これには私も絶句しました。なぜなら、この三物件は最初から「空調付き」という条件で契約していたからです。勿論これについては契約書にも記載しています。それではその「空調機」に二百五十万円も要したのか証明を求めると「それは出来ない」といいます。
私は数回に渡って丁寧に交渉しようとしたのですが、A子氏の態度は強硬で話し合いすることも不可能でした。あまりに非常識な話に、私は裁判も検討しましたが、会社が移転したばかりのことで私は繁忙を極めており、また会社も成長期にあることから、このような相手にエネルギーを使う時期にはないという判断に立って、裁判にはせず、敷金はあきらめることにしました。
そこでA子氏に敷金分の領収書を求めると「領収書は出せない」という、またも信じられない話です。このため特別損失に計上せざるを得なくなり、私は後で税務署からしかられる羽目になりました。
ところがこれでも終わりません。転居後A子氏より「計算間違いだった」として「水道代」の名目でさらに約二十五万円を追加請求してきたのです。もちろん入居時は水道代をきちんと支払っています。私の会社はソフト開発会社であり、水の使用はトイレか社員がお茶を湧かす程度のものです。
また、事務所と別に、「@@@ビル」六階にある住居用の部屋を平成四年七月に借りたことがあります。これは業務繁忙期に社員の休息用にと借りたものですが、結局必要性が低いということで、この一ヶ月のみで解約しました。しかしこの時支払った敷金四十八万円も全く戻りませんでした。
さて、以上のような私の話から、「なぜこのような非常識な話を飲んだのか」といった疑問が持たれるかも知れません。これに対しては私は次のように答えざるを得ません。 「常識が通じるような相手ではなかった」と。
私は企業の経営者としてこれまで様々な交渉を経験してきましたが、A子氏の様にまともに交渉すら出来ない相手は後にも先にもありません。「黒」という事実を指摘すると「白」と言い、その矛盾や虚偽を指摘しても全く知らぬ顔で今度は言いがかりを付けてくるという態度です。A子氏には虚言癖・妄想癖があるのではないかと思えます。 その象徴的な例として、前述の転居時に次のようなことがありました。
転居のため九州電力に電気を止めてもらった後のことです。その後も転居のための作業を行う必要があったため、私たちは夜、当然ながら懐中電灯を使って作業しました。 その後日の事です。A子氏が大変な剣幕で「電気を勝手に使っていると九電からクレームが付いた」と言ってきたのです。
私たちが夜作業していることに気づいて言いがかりを付けてきたのか、それとも、本当に九電からクレームが来たのであるなら、大家であるA子氏以外に使用した人はいないはずです。A子氏が何を考えてこの様な行動に出たのか、完全に私の理解の範疇外です。 前述したように私は裁判も検討しましたが、このような人物と争うエネルギーは無駄に思えました。それより本業で損失を取り返した方が早いに決まっています。
ただ、A子氏と賃借人を巡るトラブルは私が転居する以前から耳にしていましたし、今回のDAI氏のケースもその一つでしょう。DAI氏が仮に部屋を全く使用していなくても、DAI氏の元には同じ請求書が届いていただろう事は容易に想像できることです。
「敷金は賃借人が預託する担保」だというのは一般社会の常識ですが、「@@@ビル」においては「敷金はA子氏の個人財産」なのが常識なのです。
以上陳述した点については契約書など証書類は全て揃っており、嘘偽りないことを(信じられない話でしょうから念のため)申し添えておきます。
以上。
平成十一年@月@@日
株式会社@@@@システム
取締役社長 @@@@印
熊本簡易裁判所御中

(この項続く)
(続く)