21.第三回弁論
〜またしても・・・・〜



不毛な和解協議から一カ月。
今回は妻も一緒です。

「裁判ってどう言うふうにやってるの?」
と、妻。
「まあ、テレビドラマで見るよな感じだよ。形はね」
「形?中身は違うの?」
「違わなくはないけど・・・・・・。映画で見るより結構格好悪い」
「当事者がDAIだから?」
「おい」

というわけで、一度見てみたいということで彼女もついてきました。
もちろん、領収書等は私一人分です。ホテルの部屋の領収も、シングル分の領収を切ってもらっています。
裁判の前日はいつものように熊本の旧友と会食。
今回は妻もいるので、いつにもまして大騒ぎです。
翌日起きると、どうも妻の様子が変です。前日大騒ぎしたのに、七時前には起きて仕度をしています。
今にも降り出しそうな空の下、裁判所へ向かう足取りもぎこちないようです。
開廷の二十分ほど前に裁判所についたので、売店で缶コーヒーを買い、一階の喫煙コーナーに腰を落ち着けました。すると妻が、
「大家も来るの?」
と心配そうに言います。
「んー、たぶん来ないんじゃないかな。最初のときも途中で帰っちゃったくらいだから」
「そう」
「それじゃ、行こうか」
私が腰を上げると、彼女は缶コーヒーに目を落としたまま座っています。
「わたし、ここで待ってる
「え、なんで」
「なんか緊張するから」
「だって、裁判が見たいって」
「やっぱりこわい」
私のしょうもない文章をずっとお読みの方は、裁判なんてこんなもんかあ、と思われているでしょうが、やっぱり市井の人々のイメージする裁判は未だに極度の緊張を強制するもののようです。
「うん、わかった。じゃあ、携帯預かってて」
結局私はいつものように一人で法廷へ向かいました。
出欠を取る事務官とも既に顔なじみ。
印鑑を押すこともなく、居酒屋の暖簾をくぐって
「よっ」
てなもんで、原告席に腰を下ろします。
予想通り時間ぎりぎりに被告の代理人(社員のおっさんですね)が現れ、裁判官が入廷し開廷。
ところが・・・・・・・・・・・・・
被告代理人のおっさんが発言を求めました。
「あの、いいですか」
いきなり出鼻をくじかれた気の短い裁判官が振り向きます。
「なんですか」
「私としてはですね、DAIさんも遠くからおいでのことだし、和解で行きたいと思うわけです。ここは一つ、和解ということでどうでしょうか」
「それはできないというのが、前回の結論でしょう」
裁判官が尋ねます(そりゃそうだな、と私)
「ええ、そうなんですが。Aは私から説得したいと思いますし・・・・、ここはなんとか」
「説得できなかったのでしょう」
「ただやっぱり話し合いで・・・」
おいおい、どうなるんだ。またあの不毛な話し合いかよ。嫌な予感が走ります。裁判官は少し考えて、
「では休廷して、双方から話を聞くことにします」
というような意味のことを言って(正確には覚えていないんです、ごめんなさい)、出ていってしまいました。
書記官が私と被告の代理人に、廊下にある待合所みたいなところで待つように指示し、裁判は中断してしましました。
法廷の外に出ると、事務官が被告の代理人に声をかけて、同じ階にある部屋へと連れて行くのが見えました。
廊下の隅の空気清浄機がある一角で煙草をふかしながら、私が考えていたことは、
「あいつら、裁判をできるだけ引き伸ばして、こっちが音を上げるを待ってんじゃねーか」
ということでした。
下品ですね。いやいや人間、裁判なんてものにかかわると疑心暗鬼になるもので、自分の品位というものをしっかり持っていなくちゃいけません。反省、反省。
ただ、私がこう思ったのは、既にこの時点で旅費・宿泊費が向こうから請求された金額に近づいているからなのです。それなのに裁判ときたらあちらの身勝手に振り回されて何一つ進んでいない・・・・。
この気持ちも理解していただきたいなあと思ってもバチはあたらないはずです。
しかしこういうことをぐちゃらくちゃら考えている場合ではない、と気づきました。
相手は再度、和解を申し入れているわけです。
私としては
「いいかげんにしろ、このやろ」という気分ですから、それには乗る気はない。でも、妻の意見も聞かねば。
法廷に入るのさえ嫌がっているわけですから、ひょっとしたら和解しろという考えかもしれません。
近くにあった公衆電話から、預けた携帯に電話しました。
呼出音がなります。
ずいぶん長くなりつづけます
(おいおい、なんで出ないの)
と思ったとき
ぷつ、と切れてしまいました。
(おーい、切るんじゃない)
あわててもう一度かけましたが、
「・・・・電波が届かないところか、電源を切って・・・・」のおなじみのアナウンス。 いかに彼女が緊張しているかが伝わってきました。
やれやれ、と思っていると、書記官が部屋に入るように言いに来ました。
六畳ほどの部屋に入って、メモ帳も出さずに座っていると、すぐに裁判官が入って、私に説明しました。
向こうとしては、すべてチャラでどうか、と言うことだそうです。
「しかし」
この頑固そうな裁判官に反論するのはなかなか勇気がいるのですが、口を開きました。
「それで被告自身が納得するかどうかは、別問題なのでしょう」
気の短いはずの裁判官は、少し間を置いて、その質問はもっともだと言わんばかりに答えました。
「ただ、彼はその条件でハンコを押すといっているのだから、今日ここでそうすれば終わるわけです」
おいおいそれじゃやったもん勝ちかい、と少々椅子からずり落ちそうになりました。
「しかしですね、それじゃあ、後々何か言ってこられてもこちらは嫌ですし・・」
「裁判の和解で決まったことに後から異論は挟めません」
「これまでいろいろ後から言ってるじゃないですか」
「そうですね」
「別の裁判を起こすとか」
「それは本筋に関しては無理です」
「新たな請求をしてくるとか」
「それはなんとも言えません」
「・・・・・・・・・・。」
「どうします?」
「和解には応じません」
これまでの経過につくづくうんざりしていた私はきっぱりと言いました。
「そうですね、わかりました」
裁判官の表情はまったくわかりませんでした。
そして、私の返答を被告の代理人に伝えて、弁論が再開されました。
気のせいか法廷の向こうの被告代理人のおっさんが肩を落としているように見えます。
高い席から裁判官が事務的に進めます。
「訴状、答弁書は双方陳述した、といいですね。
証拠ですが、原告第一号証、被告、認めますか・・・・・・・・・・・」
訴状の陳述、証拠の認否、これらはいずれも裁判所独特の「文法」なんですが、これについては改めて番外編を設けて説明したいと思います。
とりあえず双方の証拠類(といっても契約書・内容証明の類だけ)を確認して、裁判官が言いました。
「では、次回までに、出したい証拠、つまり、お互い自分の言い分を証明する証言とか、証人とか、そういうものを提出してください。今日は以上です!」

そっか。
契約書とかだけじゃ、自分の言い分を説明したことにはならないんだ。
当たり前の話ですが、恥ずかしながら私はその時ようやく気づいたものです。
でも、証拠って、何があるんだ。既に引っ越しているのに・・・・・・・。
法廷が終わって、私と妻は証拠集めに走ったのです。
(以下、ハードボイルドな次号!)

(続く)