2.サラたま事件(その1)
〜TV局の不思議な言い訳〜



「サラたま事件」といって、ピンとくる人は「ごく一部の地域」の方でしょう。
これは今年起こった、水俣病事件です。

『どっちの料理ショー』という人気番組があります。
制作は読売テレビ。関口宏氏と三宅裕二氏のダブルキャスト(これは『ゲバゲバ』の頃から番組を成功させる古典的な秘訣ですね)で、それぞれが贅を尽くした料理を完成させて、スタジオに呼んだゲストにどちらが一品を選ばせ、多数決でおいしそうな料理を決定すると言う、グルメ情報バラエティです。
 さてこの番組の5月27日の回では、「ハヤシライス」と「インドカレー」を取り上げました。
 私自身はこの番組を見ていませんので、この番組の中で何が起こったか、西日本新聞の記事を抜粋させていただきます。

西日本新聞六月八日
「(見出し)読売テレビ 特産タマネギ紹介の番組 「水俣」市名出さず」
「全国放送のテレビ番組で熊本県水俣市のタマネギ産地が紹介された際、市名を外して『熊本県袋神川』と字名だけが使われたことに、市民の間で疑問や反発の声が上がり、一部市民はテレビ局に配達証明付きの質問状を送った。テレビ局側は『特別に意識して市名を外したつもりはない』と説明している。
(中略)
五月二十七日は熊本県水俣・芦北地方特産のサラダタマネギ(通称)使用のハヤシライスと、東京産ヨーグルトを使ったインドカレーだった。
番組では、水俣市街地の前景を移しながら、字幕とナレーションで「熊本県袋神川」と紹介。一方のヨーグルトは「東京都八王子市小比企町」と紹介された。
放映前の四月に担当ディレクターと会った水俣市職員らによると、企画書を見て「なぜ水俣市と出せないのか」と聞くと、担当ディレクターは「水俣を出せば(水俣病問題などの)説明がいる。短時間では無理だし、番組の趣旨がずれてしまう」と説明。市職員が「説明はいらないから」と再度迫ったが、聞き入れられなかったという。
地元の特産品などを販売する「久木野ふるさとセンター」の沢畑亨館長(37)は番組を見て「放映の経緯をはっきりさせて」と配達証明付きの質問状を送った。
吉井正澄市長も「水俣だからこそ安全にこだわった農産物作りをしているのに、水俣を隠しているような印象を与えた。これは”善意の差別”。考え直して欲しい」と話す。
一方、担当ディレクターから事情を聞いた読売テレビ東京支社の南中佑介プロデューサーは「市名を入れずに産地を紹介することは珍しくない。今回も同じで、たまたまだ。制作者には何のこだわりもなかった。地元の人達のこだわりを初めて知り、驚いている。今後は地元の感情に配慮したい」と話している。」

さて、この記事が出た後、水俣市議会で問題になりました。
これを報じた熊本日日新聞の抜粋です。

熊本日日新聞6月16日
「番組では(中略)「水俣市」が省略されていたため、番組を見た市民からは「水俣病と言うイメージからの差別・偏見ではないか」との声も出ていた。
答弁で水俣市長は(中略)番組制作の段階で、「悪意ではないにしても差別があった」とした。
同市長はその一方で「これまで水俣という言葉に抵抗を感じていた市民が今回『なぜ水俣と表現しないか』と憤りを感じてくれたことは、市民が市に誇りを持ってきてくれたことの表れでもある」と語り、「本件を話題として取り上げ、差別・偏見をなくすよう努力したい」と述べた。

確かに市長の言うようにこの問題は熊本県内では話題になっていました。しかし、全国レベルで広がるようになったのは、ヤフーの水俣フォーラムのメンバーの一人が、ある有名HPにメールを送ってからです。
「ナンジーのTVマル秘ガイド」というこのサイトは、いわゆる業界裏話的な話題を取り上げることで有名(だそうです。実は私は知らなかった)で、普段はサッチー騒動とか、軽いネタが多いのですが、そこでメールが「ある地域の『社会ニュース』」(サムい方、ごめんなさい)、として紹介されました。このサイトの主宰者のご意見はともかく、この問題はこれによって多くの方の知るところとなったのではないでしょうか。 東芝問題を見るまでもなく、最近ではネットの方がマスコミより影響力が大きいのではと思うようなことが多いですね。

さて私はこの問題をこのコーナーで取り上げようと思いながらかなり遅れてしまいました。
水俣の今についての基礎知識を知っていただきたくてこのコーナーを開いておいてなんだと言われそうですが、むしろそのことが引っかかっていたのです。

つまり、この問題を、なぜ市名を省かれたことに水俣市民がナーバスになるかということを理解していただくには、若干の基礎知識が必要なのかな、と感じていたのです。 このコーナーでは、しばらくこの「事件」について、少々脱線しながら書いていきたいと思います。

ただそれはやや長くなりそうなので、その前に、この件でTV局・制作会社の回答について、私もマスコミに勤める人間として整理をしておきます。
西日本新聞の記事で、担当ディレクターは「水俣を出せば(水俣病問題などの)説明がいる。短時間では無理だし、番組の趣旨がずれてしまう」と説明しています。この説明の後半部分は正しいと思います。バラエティ番組で水俣病の解説などできないし、短時間では無理でしょう。しかし、水俣市の職員も言っているように、水俣市の人々は番組の中で水俣病の解説しろなどと言ってもいないし、カケラだって思ってやしないのです。なぜ水俣市と紹介できないのか、それだけです。問題のすり替えはいけません。

次に、四月のロケの段階で、企画書を見て市の職員と市長は水俣の名前を出すように要望しています。
つまり、企画の段階ですでに水俣の名前を出す意思はなかったということです。
となると、プロデューサーの回答は何なのでしょうか。
彼は言っています。
「@市名を入れずに産地を紹介することは珍しくない。A今回も同じで、たまたまだ。B制作者には何のこだわりもなかった。」
@については、私の経験から言えば、市町村名を出さずにテロップをだすことはありえません。
たとえば「徳島県徳島市」「熊本県熊本市」などという場合には県名を省いて「徳島市」「熊本市」だけにします。また郡名を省略することもよくあります。郡名は正式な地名区分ではないからです。おそらくプロデューサー氏もこの郡名表記のことを言っているのでしょう。しかし市町村名を抜いていきなり字(あざ)名がくるテロップなんて、見たことがありません。だって、字だって郡と同じで正式表記ではないんですから(たとえば富士山とか苗場のように地名自体が誰でもわかる、逆に住所表記するとわかりづらい特殊な場合はありますよ)。あなたは「東京都赤堤」というようなテロップを見たことがありますか?お笑い番組だって「東京都世田谷区」でしょう。熊本県袋なんて、熊本の人間だってどこなのかわかりません。それではテロップ表記する意味がないというものです。
Aについては、まともに相手にするのも馬鹿らしいですが、この番組をしばしば見ており、この回も見た私の妻は「いつも県市名が出ているのに、びっくりした」と話しています。
Bは、それならどうして企画書の段階で一方は市名がなく、一方は「東京都八王子市」となっていたのでしょうか。番組制作の終盤、追いこむ編集作業、徹夜も続き、ついテロップの発注を熊本の分だけ担当ディレクターが間違い、プロデューサーも、試写に立ち会ったチーフプロデューサーも、実際にテロップ発注する、普段はしっかりものでとても気が利いてて二日と同じ弁当を手配することのない進行さんも気づかないままでした、ボケてごめんね、というのがこのプロデューサーの弁解なのですが、企画書の段階から水俣の名前を外していたのですから、そんなの通らないでしょう、どう考えても。

さて、ある方からの情報では、この問題についてTV局はとても厳しい態度を取っているそうです。
制作プロダクションは知らぬ存ぜぬ、すべて局に聞いてくれ、局と言えば、上のようないい加減な対応を取るばかり。
マスコミがこんな対応しか取れないのも、今に始まったことじゃございません。水俣の歴史を紐解けば、ぞろぞろと音を立てて出てくるものでございます。
その訳はまた後で。

(この項続く)