35.プロとの喧嘩はまずジャブを


大家側の弁護士が出してきた書類の続きです。
前回は大家の「陳述書」をご紹介しました。
今回は、その他の二通の証書です。
「そんなのつまんない!早くアクションを読ませろ」と思われるかもしれませんが、今回は「伏線」ってヤツです(自分で言ってりゃ伏線じゃないか)。
ずさんな仕事をしていると、後でどんな目に遭うかよくわかる「伏線」です。

で、まず、「乙一三号証」とあるだけで、何のタイトルもない紙。
いきなりこうです。
「A子様(大家ですね、為念)
 私は(中略)
 勤務先の指示により(略)部屋掃除を行った際のご質問の件について下記のように箇条 書きにて証言致します。

1,部屋に入ってすぐに、クロスが張り替えてあるにもかかわらず、動物の臭いがして体が痒くなった

2,部屋の隅やベランダに動物の毛があった。

3,敷居や柱に動物の爪あとがあった。

4,仕事柄いろいろな家や部屋の掃除をしてきたが、この部屋に関しての印象は全体的に 他と比べて汚いと思った。

以上」

で、署名がしてあります。
(自筆ではなく、ワープロ+印鑑) 見覚えのない女性の名前なので誰だろうと思いましたが、どうやら「ハウスクリーニング」とやらの業者のようです。

相変わらす、ワックスまでかけてやってた部屋のことを「汚い」などと平気で書いてますが、それ以外にいろいろおもしろいことがありまして、これは「伏線」ですから、ここでは黙っておきます。
まあ、とりあえず「しめしめ」と思ったことだけ、今は書いておきましょう(我ながらイヤミな書き方ですね)

で、ここまではよかったのですよ。
驚いたのは次です。

(ん、なんかの本のコピーみたい)
と思ってよく見ればそれは・・・・・
「乙第一四号証」としかつめらしく印鑑が押されたその下には
可愛い子猫の写真が。
その下にゴチック体のタイトル。

『猫 何でも相談室』。

サブタイトルが
「愛猫の悩みをすべて解決する」

・・・・・・・・・・・・・。

この時、私ちょっと目眩がしました。
(何考えているんだこいつら?)
(私はひょっとしたら悪い夢を見ているのか?)

もしかしたら法廷のドアの向こうから「ドッキリ!」なんて書いたプラカードを持ったヘルメット男が入ってくるんじゃないかと思いましたよ、古いけど。

で、気を取り直して(どういうところをコピーしているんだ)とページをめくれば、
「トイレの掃除はどうする?」という見出しがあります。
(これが言いたいの?)とも思いかけましたが、しかしそのすぐあとの本文には、
「猫のいる家は臭いという汚名を払拭しましょう。(略)猫のせいではなく、飼い主の怠 慢なのです」
一体こんなもの裁判所に出して何するつもりでしょうね、弁護士さん。
法律家ってけっこうお茶目?それとも世間知らず?

裁判って、「吉本新喜劇みたい」と思っていたのが、「吉本新喜劇そのまま」になってしまった瞬間でした。

で、以上のかずかすの「証拠」の他に、弁護士さんは新たな証人の申請をしてきました。さっきのハウスクリーニングの業者もいます。
あとはリフォーム業者(例の二通の「見積もり」を発行させられた業者ですね)。

法廷でこれだけの証書類を確認して、そのあと別室に移り、裁判長と一人の裁判官を間に今後の打ち合わせと相成りました。

先ほどの証書類の確認と、今回間に合わなかっ反訴状に対する私の答弁書の提出時期を確認したあと、私は向かいに座っている弁護士をちらと見て、この数日頭に来ていたことを裁判長に切り出しました。
「出すべき証書類は今回に間に合うように出すようにと、前回裁判長もおっしゃっていたと思いますが」
私が突然発言を求めたので、裁判長は少し驚いたように顔を上げました。
「そうですが、それが」
「私も今回までに答弁書を出す予定でいたのですが、書記官さんからご連絡があったと思いますが、私の元に反訴状が届いたのは、昨日熊本に来て、ホテルの部屋に書記官さんからファックスで送ってもらったのが初めてです。少し遅いんじゃないですか」
弁護士が口を開こうとするより早く裁判長が言います。
「そうですね、早く出して欲しかった」
「そもそも私、原告の立場から言わせていただくと、なぜ今頃こんな基本的な書類が出るのかわかりません。これまで簡裁でも裁判のたびに被告はこういう書類を出すようにと言われていたのにこれまで出してこなかった訳です。遅すぎるんじゃないですか」
「それは」と弁護士が話し出そうとするのを抑えて裁判長が言います。
「時期逸失の問題ですか。確かにそういう面もないとは言えませんが、だからといって証拠提出を無効にできるかどうかというのは・・・・。
 ああ、そこまでおっしゃっているわけではないんですね。ただ、その場合、控訴人・被告が意図的に裁判を引き延ばしたかどうかを考えなければいけませんが、記録を見る限り、簡裁も決して判決まで長かったとは言えませんよ」
ちょっと裁判長の目つきが厳しいようです。
引き時だと判断しました。
もともと相手の証拠を拒否しようなんて思っているわけではありませんから。
ただ、本番の前にまずジャブを弁護士に叩き込むのが目的でした。
目的を達したらすぐに撤収した方が素人には得策です。

さてそのあと、いつ証人尋問をするかを決めました。
裁判長が言います。
「じゃ、控訴人(大家側)。そっちから先でいいですか」
弁護士が一瞬私の方を見ます。
私は先に相手にさせておいて、それを参考にしたいなあと思ってましたから願ってもない事です。
ですからおそらく向こうはこっちを先にさせてまごまごさせたかったのじゃないかと思いますが、裁判長にそういわれちゃえば仕方ない。一瞬不満そうな顔を見せましたが、すぐに「結構です」と返事をしました。
で、裁判長は私にもそれでいいかと確認して、私の証人尋問はいつにするかを尋ねました。
「控訴人の方に続けて、二日連続で行う、っていうのはやっぱり無理でしょうね。
 そんなに続けて会社休めないよね」
顔がにっこり笑っています。
ちょっと好感が持てました。
結局大家側がよく月、私の側がその次の月、ということになりました。

(続く)