3.幻の犬を探して(その1)



さて、月日も流れその数年後。
今日も元気に働いている私のポケベルが鳴りました。
会社に電話を入れると上司です。
「おい、おまえのマンションの管理会社から電話があったぞ」

真昼間、管理人から電話とは。
胸騒ぎが走ります。
学生時代なら家賃の催促かとも思いますが(^^;、もちろん今は月々余裕を持って振り込んでいます。
そうすると、ひょっとして泥棒?まさか火事じゃないだろうな。
そんな事を考えつつ急いで無責任商事に電話を入れました。

「あの、DAIですが、何かあったんですか?」
電話に出たのはいつものおばさんです。
「あのねえ、あなたたちが犬飼ってるんじゃないかって」
?。
「犬?何の話ですかいきなり」
「いやね、大家さんがね、あななたちの部屋から犬の鳴き声がするっていってるんですよ」
?。??。
「そんなものいるわけないじゃないですか」
「いや、大家さんがそう言ってるから。とにかくもう1人の人と話してみて」

ここで大家の住居について少し説明しますと、この大家・A子氏はこの地方ではなかなかの富豪らしく、このマンションの他にもいくつか不動産を所有し、自分の邸宅は私のマンションの近くにあるんですが、私の部屋の一階下の三階をぶち抜きで別宅に改造しているばかりか、東京の建売住宅なら二軒は立ちそうなスペースを張り出させて「庭園」にしているという、まあ優雅なお人であります。

で、その下の人が「犬の鳴き声がする」というのなら、同居人の久本が捨て犬か何か拾ってきたんだろうと再び会社に電話をしました。
「おい、犬がうるさいって苦情が来たぞ。何か拾ってきたのか」
「ばかいうな。こっちにも電話が来たんだぞ」
「何」
「そんなもん、いるわけないじゃないか」
「・・・だよな」
軽軽しく友人を疑ってはいけません。

それにしても、クソ忙しい時にわけのわからん電話かけやがって、いったい何なんだと戸惑いも怒りに変わった後、改めて無責任事務所に電話を入れて抗議しました。 「確認しましたけど、犬なんかいませんよ」
「そんな事言っても大家がですね・・・」
これでは埒があきません。仕事でも出さないような幾分怒気の混じった声で静かに言いました。
「でしたら、いますぐ、部屋に入って探してください。あなたがおっしゃる犬とやらがいるかどうか、気が済むまで。部屋に入ってかまいませんから。管理会社なら合鍵持っているでしょう。今すぐ調べなさい」
少しの間があってから、相手は「大家にもう一度聞いてみます」といって電話を切りました。

その後管理人がそうしたかどうかは知りません。
ただ、しばらく経って何かの用事で管理人と電話したとき、相手は確認したかどうかは言葉を濁しましたが、最後にこう言いました。
「まあ、あの大家さんも、お茶の先生か何かしらないけど、ちょっと変わってる人だから。ごめんなさいね」

(続く)