29.反訴と別訴(第一回弁論その2)


この連載をお読みの方ならわかるように、和解と言えば小部屋です。
こういうあたりは一審でも二審でも変わらないようです。
ただ今までは必ず原告被告が別々に司法委員と面談していたのですが、今回は原告被告双方が同席で、しかも裁判官自ら(そして書記官も)が出席でした。
だったらわざわざ場所を変えなくてもさっきの法廷でやればいいと思うのですが、そういうしきたりの様です。
しかし法廷のとき同じように、最初に私と相手の弁護士が小部屋に入り、裁判官たちが入ってくるのを待ちます。
このときは結構時間がかかって、机をはさんで弁護士と差し向かいです。
なかなか気まずい。
今から思えば私は結構無遠慮に相手をじろじろ眺めていたのですが(本人としては観察してるつもり。なかなかない機会ですから)、この弁護士さんは決してこちらと目をあわせようとしません。私の右斜め上あたりの壁を見つめています。
(なんか話しかけてこないかなあ)と思ってさらに見ていると、今度は視線を落として書類をぱらぱらとめくっています。
そうこうしていると、書記官が案内する様にして裁判官たちが入ってきました。
法廷では三人いたのに、今度は二人です。裁判長のおっさんと、裁判長の左となり、こちらから見て右となりに座っていた裁判官です。
こちらの裁判官は、いかにも世慣れした感じの裁判長とは違い、おそらく私と同じ歳くらいで、色が白く、最近珍しくなった何の飾り気もない銀縁眼鏡をかけた神経質そうな雰囲気です。椅子に座るとすぐにノートを広げました。
それを確認して、裁判長が口を開きます。
「さて、と。とりあえず和解の意思があるかどうかの確認と言うことなんですけど。どうですか原告、あつまり被控訴人、あなたのことね」
「はあ」
いきなり話を振られて私は口ごもります。
和解の意思はある、なんて言ってそのまま和解になっちゃうのも困りますし、どうしようかなと思っていると裁判官が書記官に話しかけました。
「あ、これ同席じゃないほうがいいかな」
「それでは別々に・・・」
部屋の隅に控えていた書記官が飛び上がる様にして答えました。
「じゃ、どちらを先に・・・・」
「うーん、原告からにしようか」
するとすぐに弁護士が立ちあがり、書記官が付き添う様にして部屋の外に出ました。
二人が部屋の外に出るの待って裁判長が口を開きます。
なんとなく刑事ドラマの取調べの様です。
いきなり和解の話をするのかと思えば、裁判長の口から出た言葉は意外でした。
「あれ、あの@@@@システムの陳述書。あれどうしたの」
へええ、結構ちゃんと書類に目を通してるんだなあと思いつつ、@@@@システムさんを訪ねた経緯をかいつまんで話しました。
「なるほどね、ふーん。おもしろいね」
そしておもむろに話を切り替えます。
「ま、結構被告の請求は無茶なところがあるよね。そういうのはまあ、認められないと思うんだけど」
「でもね、あなたの方にも落ち度はあるでしょ。猫飼ってたわけだし。これはまあ、契約違反だよね」
「ええ、その点は申し訳ないと思ってます」
この間若い方の裁判官はものすごい勢いでメモを取っています。
「そういうことでいうと、お互いまあ、ある程度譲歩してね、で、和解で、ということであなたの方は応じる考えはありますか」
来た来た。いつもこれだもんな。
私はちょっと考えるふりをして、答えます。
「うーん。その、一審の時でもですね、和解でということで、なんどか話し合ったんです。でも結局あちらさんのほうに振り回される形で、時間ばかりたったので、判決で、と言うことになった次第です。今回もそういうことは避けたいので・・・」
「それじゃ、どういう条件ならあなたのほうは和解でもいいの?これはあくまで参考で、和解の条件と言うのは裁判所の方で決めさせてもらうんだけども」
それで私は、一審の時と同じく、「双方チャラ」なら問題はない、と言いました。が、こちらからは敷金以上の額は出すつもりは無いこと、それから一審にかかった費用、これは一審の判決で大家の負担が認められていますから、これについても全額とは言わないまでも何らかの配慮をしてもらう必要がある、と念を押しました。
で、今度は私が廊下に出され、弁護士が入ります。
私が廊下で煙草を吸っていると、弁護士がすぐに出てきてどこかへ消え、5分ほどしてまた部屋の中に戻りました。
おそらく和解の条件について大家に電話したのでしょう。
それから15分ほどして、弁護士が退出し、私が呼ばれました。
裁判長が言います。
「向こうはね、あなたが請求額を全額払うなら取り下げてもいいと言ってるんだよね。まあ、反訴とかも考えていると言うから」
「そうですか」
「そうすると、そちらとしては和解はできない、ということになりますね」
「そうです」
「わかりました」 そう言って裁判長は書記官に弁護士を呼ぶ様に言いました。
一審の時より、さくさくと話が進む様です。
弁護士が着席すると裁判長が指揮を取ります。
「では、とりあえず今回は和解は不調と言うことですね。さっそく次回から証拠調べに入りたいと思います。よろしいですね」
「で、控訴人のほうは反訴または別訴の準備があると言うことですが?」
弁護士がぐっと居住まいを正して答えます。
「ええ、依頼人は追加請求したいと言っておりますし、それから、今回の件で精神的なダメージを受けたと言うことで・・・」
なんかくちごもっています。裁判長が促します。
「で?」
「はあ、まあこれは認められればですが、慰謝料請求も起こしたいということで・・」 あきれた・・・・・。
弁護士頼んだついでに慰謝料請求も起こしますって、まあ、人使いが荒いと言うか、金払うならとことん使い倒さないと満足できない様です。
「そうですか。それで反訴ですか、別訴ですか」
「現在は反訴と言う形で検討しています」
ここで裁判長が私を見ます。
「反訴なら、初めが二審ということになりますが、被控訴人は認めますか?」

これ、どういうことかちょっと説明しますね。
反訴と言うのは、現在進んでいる裁判にあわせて新たな訴えを反論の形で起こすことです。これが一審なら問題はないのですが、この様に二審の段階で反訴となると、仮にその反訴が判決で認められた場合、すでに控訴審の場ですから、私が不服なら、次はいきなり上告ということになって、二回しか裁判の場が無くなってしまうわけです。これは相手(この場合は私)に不利(裁判は三回という原則から外れる)ですから、私の承諾を求めることになります。
ちなみに別訴というのは、同じ内容の訴えを文字通り別に起こすことで、今回の場合は改めて一審として起こすことになります。この場合はまったく別の裁判になります。

裁判長から承諾を求められて、私は言いました。
「認めないと別訴ということになるわけでしょう。そうすると今でも徳島からやってきているのに、また別の裁判のために時間を使うことになるわけですよね」
裁判長がうなづいています。
すると慌てた様に弁護士が口を挟みました。
「ですから、こちらとしては反訴で検討を」
「とすると、こちらとしては反訴を認めないわけにはいかないようですので、それで結構です」
「わかりました。被控訴人が認めるなら問題はありません」
裁判官が話を進めます。
「では、証拠調べですが、代理人のほうは、今日申請のあった通りでいいんですね」
「えーと、追加する場合はまた提出します」
「被控訴人の方は?」
私は先ほど法廷で弁護士が提出した書類(「証拠の申出書」)を手にして答えました。
「こちらも証人を呼びたいと思いますので、こういうのを出せばいいんですよね」
「そうです、なるべく早く出してください。それから申出書の尋問事項のところはなるべくもっと詳しく書いておいてください」
ぷっ。皮肉言われちゃったよ弁護士さん。

(続く)